ついつい役替わりキャストに目が行きがちですが、大きく進化したキャストについて触れたいと思います。
グウェンドレン役の花乃まりあ。
お芝居、歌唱、そしてアドリブ。
細かいアドリブがどんどん投入されてます。
特に、ブラックネル夫人(悠真倫)と帽子を吟味するところ。
まりんママが可愛い帽子を被ろうとして、花乃ちゃんが茶々入れたり。
また、執事のレインによる一幕の登場人物紹介が終わり、捌けていくところ。
花乃グウェンドレン、はしゃいで踊るんですが、これがまぁ可愛い。
まりんママに「まっすぐ歩きなさい」と注意され、梅芸の最初の頃はすぐに踊りストップ。
しかし、梅芸途中から、何やかや言い訳をして踊り続けます。
踊りながら、捌けて行くというね。
中日劇場の千秋楽では、まりんママも巻き込み、母娘一緒に踊るんじゃないかと推測しています。
なーんてね。
花乃まりあが明日海りおの後妻と知った時、「花乃まりあ?…って誰?」が正直な感想でした。
その後、エリザベート、タカラヅカスペシャル2014と、花乃ソロ歌唱を聴く機会を得て、蒼ざめたものです。
それが、2015年1月新トップコンビ・プレお披露目の『アーネスト・イン・ラブ』
そこで、別人のような歌唱と、魅力的な人物造形を見せてくれた花乃まりあ。
あれから一年、花乃まりあは一作毎に成長を遂げてきたと思います。
明日海りおも「まりあちゃんのハマり役」と太鼓判を押す、グウェンドレン。
まりあちゃんは、更に生き生きと演じてますね。
バブルの頃、全国で一番地価が高騰した土地がどこか、ご存知ですか?
宝塚のお隣・川西市。
全国最高の地価高騰率を記録したそうです。
最初の印象から「やるな、おぬし」と変化したジェンヌ、そのトップランナーが花乃まりあ。
私の中で、川西ジェンヌと秘かに呼んで…はいませんけどね。
連想は、ちょろりとします。
花乃さん単体の成長・努力は、想像を超えていそうな気がします。
また、トップ娘役という立場は、通常とは異なる覚悟もいるでしょう。
トップコンビと言っても、多くの男役が順当に場数を踏み、相応の時間をかけて登り詰める反面、娘役トップは上級生を追い越しての抜擢が大半。
しかも、落下傘組替つき。
かなりのプレッシャーがのし掛かった事でしょう。
実咲凛音、咲妃みゆもトップ娘役に就任する為、異動しました。
ただ、この二人と花乃まりあの違いは、「折り紙つきの実力」という評価が誰の目にも明らかだった事。
実咲凛音の歌唱力、咲妃みゆの表現力は、群を抜いていると思います。
花乃まりあの場合、華と美貌にまず目がいきます。
…が、大人びた風貌に反したアニメ声や、娘役としては大柄…と懸念材料が。
ですが、それはあくまで『宝塚』という囲いの中での基準。
外部を視野に入れた時、花乃まりあの現代にマッチした美貌と可愛い声は、武器以外の何物でもないでしょう。
もし私が花乃ちゃんのブレーンなら、元・宝塚トップ娘役の看板もある事だし、早期退団して芸能界入りを勧めるかも。
花乃ちゃんなら、テレビ等の映像系も狙えそう。
すらりと背も高いから、立ち姿も見映えが良いし。
まだ20代前半という若さも、強力な武器。
宝塚という枠を外したら、退団後の芸能界転向で最も成功しそうな気がします。
主にルックスと年齢的な理由が根拠ですが、声も。
日本のテレビドラマ出演者は、ガサガサした声や、くぐもった声で、ベタベタッと発音する人が多い気がします。
声の出し方・声を響かせる事を意識してないし、他者に聴かせようという意識がないような。
発声や発音を大事にしないのかな?
ひとに聴いていただくお仕事なのに。
そんな現状に、花乃まりあが参入したら?
綺麗な顔立ちに加え、愛らしい声でクリアな発音ができる女優が現れたら。
私がプロデューサーなら、登用したくなるでしょう。
…おっと、脱線しました。
花乃ちゃんは成長著しいし、色んな意味で将来が楽しみな方だと思います。
今年のアーネストを観てて、昨年以上に面白く感じるのは、役替わりのおかげも大きいでしょうね。
単体の魅力と、掛け合わせの魅力って、また別なんだなぁと改めて思いました。
例えば、アルジャノン単体は芹香斗亜=アルジャノンと等号(=)で結べるほど。
明日海りおのアーネストとの掛け合いも楽しい。
最高のアーネストとアルジャノンのコンビだと思ってました。
それが、鳳月杏のアルジャノンが現れるや、明日海アーネストの新たな顔を引き出してくれて。
全く異なるアーネスト像、そして兄弟関係や空気を見せてくれました。
これは、明日海りおと鳳月杏のマリアージュあればこそ。
マリアージュといえば、あらゆる作品・取材・式典などで、明日海りおと最もセットになるのは花乃まりあでしょう。
現在の宝塚でも、屈指の美貌を誇るカップルだと思います。
この二人の並びって、寿司とパスタみたいだなぁ…と感じています。
どちらも美味しそうだけど、なんとも不思議な取り合わせ…という感じ。
それはそれで、未知なる味覚のコラボレーションともいえるのかな?
多国籍料理、創作料理…といった分野へ進出?
そういうチャレンジも、捨て難いかもしれませんね。
ビュッフェ形式みたいに、和洋中、食べたい物、美味しそうな物を選ぶ食べ方は、とても楽しい。
ですが、それらはある意味、もったいない食べ方でもあるかもしれません。
多様な変わりダネを経て、「結局ここへ帰ってくる」的な。
ホワイトホース的な。
極上の食材であればあるほど、元々の素材を活かしたいのが人情ですしね。
私なら、どうするか?
そうですね……私なら、寿司には箸休めの茶碗蒸しを添えるかな。
宝塚という男役至上主義でスターシステムを採択している組織であるならば。
メインが明白な以上、その味わいや設えをより際立たせる。
それが王道でしょう。
明日海りおという逸材に、劇団はもっと意識を向けてもバチは当たらないと思います。
せっかく回ってきた、オールマイティに近い切り札なのに。
明日海りおの魅力は、もはや魔力に近い。
明日海りおに惹かれて宝塚へ引き寄せられた人は、明日海と共に宝塚を去る可能性も秘めていると思われます。
天海祐希は、その先例ですよね。
同時に、明日海りおを通して宝塚の魅力を知り、息の長いファンになっていく人も少なくないと思います。
仮に一時的に熱が冷めても、回帰の可能性は、初見の呼び込みより高いはず。
そして、明日海りおを「失ってからわかる、その大切さ」なんて事はしないように、劇団さんにくれぐれもお願いしたい。
天海祐希、音月桂など、「惜しい事を…」な先例から学んで頂きたいと、切に願います。
真冬に凛と咲く水仙と、真夏の太陽を浴びるひまわり。
どちらも存在感があり、美しい花です。
ただ、水仙とひまわりを同じ花瓶に活ける発想を持つ人は、あまりいないでしょう。
もしいたら、前衛的センスの持ち主か?
それとも、花に興味がないのか?
ともあれ、なかなかにチャレンジャーな取合せな気がします。
それでも、敢えてトライする姿勢に意義があるのか?
そこは意見が分かれるところですね。
個人的には、寿司もパスタも、水仙もひまわりも、それぞれ好きです。
ただ、同時に食べたり、同じ花瓶に活けたり…は、あまりしない組合せだな、と。
それぞれの活かし方があり、輝かせ方があると思います。
仮に、同じ食卓に出していくなら。
もし、同じ花瓶に活け続けるなら。
その時は、器に注意を払う…といった工夫が必要だと思います。
例えば、『Ernest in Love』はとても素敵な器でしたね。
あれほど適した器を、よくぞ見つけてきたものです。
奥歯に物が挟まった言い方で、申し訳ありません。
言葉で全てを表現するって不可能に近い…。
けれど、言葉を用いるしかないんですよね。
そして、言葉があるからこそ、思考は発達したとも思います。
失語症になった事がありますが、なんかね、平和でしたよ。
(単に発声できないのではなく、言葉という概念を失ったのでした)
思考を構築するのは、言葉だと、失って初めて実感しました。
正確には、失った言葉を回復して、初めて実感しました。
言葉とは、物についている名前(単語)が基本。
『Ernest in Love』は奇しくも、名前を重視した物語。
色々と…本当に色々と、考えさせられます。
混沌とした気持ちを抱き続けているので……本当に。
ここで書いた戯言は全て、私個人の思考の断片です。
個人を攻撃する意図はありませんが、そのように読めましたら、ひとえに私の配慮不足です。
ご気分を害されたり、反論を持たれた方には、お詫び申し上げます。
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寿司とパスタ、水仙とひまわり
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